チキンレース

利用しています。

男たちの無言の闘いが始まろうとしていた。
と同時に、早くも終わりを告げようとしている。
信号待ちの車中で、声にならない声がそこかしこにこだまする。



「早く押せよ、ゴルァ!」
「お前どうせ、次で降りるんだろうが」
「大人気ないなあ、まったく」


以上、心の声抜粋。



バス停留所「降ります」ボタン俺は断固として押さずに、他人に押さすぞ選手権
がこうして勝手に開幕された。


信号を右折して20メートル足らず、残っている乗客のその殆んどが下車する某停留所。
信号が青に切り替わる。



「押せ、早く押せ、いいから押せ!」
「押せったら、押せよ! 誰か、押してください!」(←おまえ押せ)
「ここで押したら、いかにも誰かが押すまでギリギリ粘ってたみたいでかっこ悪いかも」
「なら、いっそのこと次の停留所まで優雅に行ってやるさ」(←俺。バカ)


心の声2。(かなりの確率で正解)



バスが、頭を大きく振るようにして右折する。
目的の場所まであと少し。
ほんの少し。
いや、目の前!!







ピンポーン





とたんに背中のむず痒さが去った。
ほどなく、車中にも安堵の空気が流れだす。
「よかった、目的地で降りられた」
ほっと胸をなでおろす面々。
バスが停まるとともに立ち上がった男の数、なんと5人!!
思っていたとおり、その5人は今乗っていた総数であった。


闘い終わった男たちの横顔をチラ見するに、誰が安全装置に手をかけたのか俺の想像の域は出ない。
しかし、誰かがやらねば降りられないのだ。
彼は、きっと歯噛みしただろう。



「お、おまえらあ、全員かよっ!っきしょうっーーーー!!!」


そして残りの4人はこうほくそ笑むのだ。


「お前だ」
「お前だ」
「お前だ」
「お前だ」